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2004年 07月 24日
「日本漫画映画の全貌展」の意義
数年前に一緒にお仕事させていだだいたOhkuboさんという方が、 展示会に行かれた記事を書かれているのでトラックバックさせていただきました。  自分は現在海外に住んでいるので行けないのがとても残念です。

この展示会の監修をなさっている大塚康夫さんは、「手塚治虫さんが、少ない作画枚数で鉄腕アトムを作り商業的に成功したことによって、その後の日本のアニメーションの質が落ちた」というようなことをご自身の著書の中に書いているぐらいですから、アトム以降の「動かない」アニメーションを観て育った人に「アニメーションは、これではいけないんだ」というメッセージを強く伝えたいんだと思います。  

一般論として、日本のアニメーションは、いかに少ない作画枚数で鑑賞に耐えるものが作れるかということを模索した結果、観る人の目を飽きさせないために、キャラクターや背景などに緻密な描き込みをして「一枚絵」として画面上の情報量を増やしたり、(マトリックスで話題になったような)漫画的な独特のアングルを使うことで絵にケレン味を出す方法を生み出したのだと思います。 
(そういうことを一切無視した「サザエさん」や「ちびまる子ちゃん」など、まるで紙芝居みたいなアニメもあるけれど、そういうアニメはリミテッドアニメーションの極端な進化の一例なので、ここでは日本のアニメの一般論をお話します。)

アメリカでのアニメーションに対する作り手側の主流な考え方は日本とはまったく逆で、動きによる表現を大切にしているためにモーション制作にはたっぷりと時間と労力を費やします。 その工程上、アニメーターがキャラクターを動かしやすくするために、キャラのデザインは簡略化され、一枚の絵としての情報量は少なめに設計される傾向があるようにみえます。

こうしたことを考えると、今後の日本のアニメーションは、描き込みによるディテールをある程度維持しながらもモーションの質を向上することによって新しい方向に伸びる可能性は大いにあると思います。 実際、アップルシードのようなアニメ調の画風とモーションキャプチャーなどによる滑らかな動きを組み合わせた試みも、今後の日本のアニメ制作(特に低予算のテレビアニメやOVA作品)の質向上を考える点で有効な試みだと思いますし、最近の大友アニメや宮崎作品にしても海外での上映を意識しているせいか、新作ごとに作画枚数が増えていたり、動きの表現(注)が細かくなっていることなどに、日本のアニメ制作に対する姿勢にも変化が見えてきているように思えます。
(注)「ハウルの動く城」の予告編をネットで観ましたが、おばあさんが部屋を掃除している場面は、動きが素晴らしいですね。

CG技術が当たり前に使えるようになって、いままでのセル画の経済的制約から解放されたアニメ制作ができる環境になったのですから、もっともっと「動き」を大切にしたアニメーションが作られることに期待したいですし、僕たち自身も制作現場側にいる人間としてこういった課題に向き合って良い作品を作っていかなければならないと思います。
by cgtak | 2004-07-24 22:22 | アニメーション業界関連


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